まともじゃない

ポエム置き場です

結婚

好きな本だが、ひとつだけ引っかかる言葉があった。

「ほんとうに結ばれる運命にある男女は、自然に、とてもスムーズに結婚まで進むものだ」。
 
「結婚をまるで通過駅みたいに言ってるのが、とても嫌だと思ったの。千葉にディズニーランドがあるじゃない。そんなふうに、突然現れる結婚だってあると思う。別に、お城があるからって、そこでお姫様になりたいわけじゃないけど……」
話しながら、相手の表情が不安を帯びていく。結婚に夢を持ちすぎているわけじゃないしメルヘンな結婚観をおしつけたいわけじゃない。
 外は雨がいつまでも止まない。二軒目のバーでまとまりのない話をする男女。マスターも話しかけてこない。酔っ払ってはいないのに。
「ここまでで意義はある?」
「いいや、わかる。言っている意味はわかる」
つまり何が言いたいの、とは決して言わない彼が好きだ。本当は何を考えているかわからない、一重瞼の奥の目が好き。私たちは付き合い始めて一年が経とうとしていた。待ち合わせた下高井戸は、お互いが住む場所のちょうど中間にあるけれど、頻繁に通うほど魅力のない街だ。雨の中電車に揺られながら、何かヘンだと思った。どうして私たちは一緒に住んでいないのだろう。会うためにわざわざ電車に乗ったり、別々の場所に帰っていくのがヘン。
「恋人として一緒に住むから失敗するんだと思うの。恋人って、一緒に住む人じゃない。だって嫌なところを見せたくない人と一緒に住んだらストレスたまるの当たり前だよね。だんだん男女じゃなくなって、恥じらいもなくなって、それが結婚のタイミングとしてベストとされてるのおかしい」
 一緒に住むということと、恋人でいることを同時にしようとするのはおかしい。一緒に住むということに一番邪魔になる感情が「好き」だと思う。一緒に住むなら、男として愛せなくなっても、ともに暮らせる相手を選ばないといけないのだ。
「一緒に住もうよ。恋人としてじゃなくて、いま一緒に居たいからじゃなくて、結婚したい」
不安げに揺れていた視線が、カチッと私だけをとらえて硬直した。うれしいのか、わからないけど嫌ではなさそうだった。
「……どう思う?」
「いや、まさかと思って。嬉しい。けど、不安はないの?」
「今はない。これから出てきたらその時に言う」
「でも、二四歳って遊びたい盛りじゃない。いいの?本当に」
あなたと別れて別の人との結婚もできるけど、夢のような相手と結婚したいなら、いま私はここに居ない。
「私は確かに若いよ。でも、私はここに居る。これまでの私がそれを望んだってこと。少なくとも一年間、あなたにとどまり続けた。だからもうそれが答え」
石油王と結婚したいなら、とっくにアラブに行っている。
「いま、なに考えてるの?」
「……段取り」
彼が好きだ。まだ雨は止まない。やっぱり違う家に帰るなんてありえない。